ラーメン店からの手紙

P1090522

近所に、一軒の年季の入ったラーメン店がありました。
一般のお店に比べると割高なので、そう頻繁には行けませんでした。
でも、とにかく美味しい。どちらかと言うと「豚骨」風だけど
油っぽさはなく、さまざまなダシが複雑に効いているのか
薬膳料理をいただいているような滋味あふれる味。
テーブルには高麗人参を漬け込んだ酢の瓶が置いてあり、
「半分くらい食べたらこれを試してみて下さい」と
書き添えてある。その酢を入れたスープはさらにコクが増し、
五臓六腑がよろこび、じんわり活力が湧いてくるよう。
そんなラーメンだから、調子が悪い時や、お疲れさまの時に
通いたくなる、かかりつけ医のような存在でした。

壁には大きな木の板に墨で書かれたメニュー表。
その横っちょに木製の札が下がっています。そこには
「人に負けても己に勝てば 渡る世間に鬼はなし 店主」とある。
ラーメンを待つ間、なんとはなしにこの言葉を眺めていたものでした。
カウンターの奥をのぞけば、せっせと仕事をこなす古老の姿が。
御年はかなり上のように見えるけど…80歳近いのかしら。
蒸気の中で働いているせいか肌もツヤツヤ。
七福神に出てきそうな優しいお顔。
淡々と、仕込みと調理の三昧に入っている。清らかな境地。
ここへ来るお客さんたちも、味はもちろんこの佇まいに惹かれて
ファンになった方も多いのだと思う。
皆、差し出された一杯に粛々と向かっています。

夏の暑い盛り、突然店先に「閉店のお知らせ」の貼り紙が。
もしや、店主さんに何か?と思いきや、貸主の事情で
撤退せざるをえなくなってしまったそう。惜しむ客達は
相変わらず、粛々とラーメンをすすっています。
レジの脇に、さり気なくもう一つの貼り紙があるのに気がつく。
「またどこかで再開できるかもしれませんので、その時は
お知らせします。こちらの箱にご住所を入れておいて下さい」。
とっさに、テーブルのナプキンに、書き込んだ。慌てて書いたので
読みにくかったかもしれない…でもひょっとしたら、ということを
期待して。それにしてもあの御年で、別の場所で再開するなんて、
そんなことできるのかしら…という私の考えは杞憂でした。
季節がひとつ動いた、この秋。一枚のハガキが届く。
「復活します!この度、ご縁あって再び営業する運びとなりました」
再開場所はたいぶ離れて、隣の市になってしまったけれど、
店主の「己に勝つ」不屈の精神に、ますます心を打たれました。
ぜひまたあの味に…会いたいと思うのです。

 

 


2014-11-07 | Posted in ... Blog ...Comments Closed